はじめに
労働災害(労災)が発生した場合、企業・法人には様々な法的責任が生じます。
企業・法人が労働災害への対応を誤ると、多大な法的リスクにさらされることになります。
企業・法人にとっては、労働災害の発生は非常に悩ましい問題であり、当事務所でも、地域の企業・法人様から、労働災害に関するご相談・ご依頼をいただくことがございます。
このページでは、労働災害が発生した場合の企業・法人の法的責任、企業・法人が取るべき対応、労働災害発生時に備えたリスク管理について、解説させていただきます。
なお、労働災害には、業務中の労働災害(業務災害)と、通勤中の労働災害(通勤災害)とがあります。
このページでは、特に業務災害か通勤災害かを明示的に分けて言及させていただいている箇所以外は、業務災害についてご説明させていただいているものとご理解ください。
労働災害が起きた場合の企業・法人の法的責任
労働災害が発生した場合、企業・法人には労災補償責任、民事責任(損害賠償責任)、刑事責任、行政責任といった法的責任が発生します。
このような労働災害が発生した場合の企業・法人の法的責任について、以下で解説させていただきます。
労災補償責任
業務中の労働災害(業務災害)が発生した場合、企業・法人は労災補償責任を負います。
労災補償責任とは、労働基準法上、労働者が業務中の労働災害で死傷病を負った場合に、企業・法人の安全配慮義務違反(下記の民事責任(損害賠償責任)の項目でご説明いたします)の有無にかかわらず、企業・法人が被災した労働者側に対して治療費、休業損害、逸失利益(死傷病のために将来にわたって失われる収入)などを一定限度で補償しなければならないという責任です。
この労災補償責任は、労働者災害補償保険法に基づく強制加入保険である労働者災害補償保険(労災保険)とセットになっています。
企業・法人が労災保険に加入することによって、業務中の労働災害における労災補償責任がカバーされる(被災した労働者側が労災補償責任に相当する保険給付を労災保険から受けることができる)だけでなく、通勤中の労働災害(通勤災害)についても、被災した労働者側に対して同様の労災保険給付が行われることとなります。
民事責任(損害賠償責任)
労働災害が発生した場合において、企業・法人に安全配慮義務違反が認められるときは、企業・法人は被災した労働者側に対して損害賠償責任を負います。
労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。
つまり、企業・法人は、労働者の生命、健康を守るべき義務を負っているのであり、この義務のことを安全配慮義務と言います。
この点、労働安全衛生法・労働安全衛生規則をはじめとする労働安全衛生関係の諸法令には、企業・法人が講じるべき措置が具体的に規定されており、これらの諸法令は当然に遵守されなければなりません。
企業・法人が負う安全配慮義務とは、これらの諸法令を遵守するという最低限の事項だけではなく、より広範囲の「必要な配慮」を講じることが求められるものと考えられています。
これらの諸法令を遵守しているだけでは、安全配慮義務が完全に履行されたことにはならないということです。
安全配慮義務の具体的な内容としては、設備・作業環境の面では、①施設、機械設備の安全化あるいは作業環境の改善対策を講ずる義務、②安全な機械設備、原材料を選択する義務、③機械等に安全装置を設置する義務、④労働者に保護具を使用させる義務が挙げられます。人的措置の面では、①安全監視人等を配置する義務、②安全衛生教育訓練を徹底する義務、③労働災害被災者、健康を害している者等に対して治療を受けさせ、適切な健康管理、労務軽減を行い、必要に応じて、配置換えをする義務、④危険有害業務には有資格者、特別教育修了者等の適任の者を担当させる義務が挙げられます。
また、自社の他の従業員の過失(不注意)によって労働災害が発生した場合、企業・法人は使用者責任(民法715条)に基づき損害賠償責任を負います。
さらに、自社の代表者の行為によって労働災害が発生した場合、企業・法人は会社法350条等(同条では、会社は、代表取締役がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う旨が定められています。会社以外の法人についても、各法律で同様の規定があります)に基づき損害賠償責任を負います。
企業・法人に安全配慮義務の違反や使用者責任が認められ、企業・法人が損害賠償責任を負う場合には、労災保険によって填補される金額を大きく上回る責任額が企業・法人に課せられることが少なくありません。
労災保険によって填補される金額は、被災した労働者が被った全損害のごく一部に過ぎず、慰謝料のように労災保険が全くカバーしない損害項目もあるためです。
企業・法人が労災保険の填補額を超えて負担しなければならない金額は、ケースによっては数千万円を超えることもあり、企業・法人にとって非常に大きなリスクであると言えるでしょう。
刑事責任
労働災害が発生した場合において、企業・法人に労働安全衛生法や労働基準法などの違反や使用者責任が認められるときは、書類送検や罰則の適用といった刑事責任を負わなければならないことがあります。
また、企業・法人が業務上、労働者の生命、身体、健康に対する危険防止の注意義務を怠って、労働者を死傷させた場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)に問われ、同様に刑事責任を負わなければならないことがあります。
行政責任
労働災害が発生した場合において、労働者の身体に危険を及ぼすおそれのある事態が発見されたときは、労働基準監督署から行政指導が行われることがあります。
また、企業・法人に労働安全衛生法や労働基準法などの違反が認められるときは、労働基準監督署から是正勧告がなされ、是正報告を要求されます。
この場合に、企業・法人が是正をしなければ、刑事責任を問われることがあります。
さらに、企業・法人の法令違反が重大であり、かつ、危険発生のおそれが強いと判断されるときは、労働基準監督署から使用停止命令、作業中止命令などの行政処分が出され、企業・法人がこの命令に従わなければ、刑事責任を問われることとなります。
労働災害が起きた場合に企業・法人はどう対応するべきか
労働災害が発生した場合、企業・法人としては、被災した労働者の救護や安全性の確保、災害状況や事実関係の調査、労働基準監督署や病院への対応、被災した労働者側への賠償対応など、様々な事項に対応していかなければなりません。
労働災害が発生した場合に企業・法人が取るべき対応について、以下で解説させていただきます。
①被災した労働者の救護・安全性の確保
労働災害が発生した場合、まずは被災した労働者の救護が最優先となります。
重大な労働災害が発生したのであれば、救急車の出動要請、警察署への通報、被災した労働者の家族への連絡、他の労働者らへの避難指示など、安全性の確保のための措置が必要です。
また、労働基準監督署にも連絡しましょう。
②災害状況・事実関係の調査
労働災害がいつ、どこで、どのようにして発生したのか、なぜ労働災害が発生したのかなどについて、できるだけ早い段階で調査をしましょう。
労働災害の現場にいた労働者などの関係者への事実確認を早期に行って、できるだけ正確な情報を収集してください。
労働災害の発生状況や労働災害の原因となる事実関係に関する客観的な記録や、関係者の証言を収集・保全しておくことは、企業・法人にとって非常に重要です。
これらの情報や記録・証言は、後々の労災保険の申請の手続、労働基準監督署や警察署による現場検証や事情聴取の際に必要となるほか、企業・法人の刑事責任や行政責任がどう問われるのかといった点や、被災した労働者側への賠償対応をどうするべきかなどの方向性や結果に対し、大きな影響を及ぼすためです。
また、労働災害の発生状況や、労働災害の原因となる事実関係をできるだけ早い段階で調査・把握し、企業・法人が負う可能性のある法的責任についての見通しを早期に立てることで、被災した労働者側や労働基準監督署などへの対応方針を早期に判断することが可能となります。
その結果、問題の早期解決につながることが期待できます。
③労働基準監督署・病院への対応
労働災害が発生した場合、被災した労働者の雇主である企業・法人は、労働基準監督署に対し、「労働者死傷病報告」という書類を提出する必要があります。
故意に労働者死傷病報告を提出しなかったり、虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を提出したりすると、いわゆる「労災かくし」として処罰の対象となりますので、ご注意ください。
また、労災保険の適用・給付を受けるためには、被災した労働者側が病院に「療養補償給付たる療養の給付請求書」などの書類を提出しなければなりません。
労働基準監督署へは、「休業補償給付支給請求書」や、「障害補償給付支給請求書」などの書類の提出が必要となり、被災した労働者側から企業・法人に対し、企業・法人において必要事項の記入と押印をした書式の交付を求められるのが通常です。
その際、これらの各書式は、労働基準監督署または厚生労働省ホームページで入手できますし、顧問の弁護士や社会保険労務士がいれば、その弁護士や社会保険労務士から提供を受けることも可能です。
そして、労働基準監督署は、企業・法人に労働安全衛生法や労働基準法などの違反がないかどうかを調査し、違反が発見された場合には、上記のように是正勧告や書類送検・罰則の適用などが行われることがあります。
企業・法人としては、このような労働基準監督署の調査についても、対応・協力していかなければなりません。
④被災した労働者側への賠償対応
労働災害が発生した場合において、企業・法人に安全配慮義務の違反が認められるときは、上記のように、企業・法人は被災した労働者側に対して損害賠償責任を負うこととなります。
被災した労働者側から企業・法人に対して損害賠償請求がなされることで、示談交渉がスタートすることが多いですが、企業・法人が損害賠償責任を負うのか(企業・法人に安全配慮義務の違反があったのか)、被災した労働者側にも過失(落ち度)がなかったのか、賠償請求された損害の範囲や金額が適正なのかなどを、慎重に検討する必要があるでしょう。
示談交渉での解決に至らなかった場合には、被災した労働者側が企業・法人に対し、民事訴訟や労働審判を提起してくるのが通常です。
これらの裁判所での手続の中で、企業・法人側と被災した労働者側とがお互いの主張を展開し、証拠を提出するなどして、決着を図っていくこととなります。
なお、建設現場などでは、被災した労働者を直接雇用する企業・法人だけではなく、発注企業、元請企業、下請企業などの労働者が混在して作業を行っていることもあるため、各企業間での責任分担の割合などが問題となることもあります。
企業・法人が講じるべき労働災害発生時に備えたリスク管理
労働災害の発生は、企業・法人にとって、上記のように非常に大きな法的リスクが潜んでいます。
したがって、どの企業・法人も、労働安全衛生に細心の注意を払いながら、労働災害の発生防止のために不断の努力を続けていることと思います。
朝礼や作業前のミーティング、機械・工具等の点検、作業中の指導・監督、安全パトロールなど、様々な取り組みをされていることと存じます。
しかし、それでも、労働災害の発生を完全になくすことは、困難であると言われています。
また、企業・法人が負う安全配慮義務は、上記のように、労働安全衛生法や労働安全衛生規則などの諸法令さえ遵守すれば足りるというわけではなく、労働者の生命や身体等の安全に対して、より広範囲の配慮を講じることが求められています。
そのため、企業・法人の損害賠償責任についても、絶対に安全配慮義務の違反に問われることがないという鉄壁の対策を打つことは、困難であると考えられます。
そこで、労働災害発生時の労働者側への賠償対応について、企業・法人が取るべきリスク管理の方策を以下でご提案させていただきます。
労災保険の上乗せ保険の導入
企業・法人に安全配慮義務の違反が認められる場合の損害賠償責任は、上記のように、労災保険で填補される金額を大きく上回ることが少なくありません。
企業・法人の負担額が数千万円を超えることもあり、1件の労働災害の発生が企業・法人を倒産へと導くような事態も考えられます。
しかし、労災保険の填補額を超える損害賠償責任をカバーしてくれる損害保険があります。
いわゆる労災保険の上乗せ保険と呼ばれるもので、労働災害総合保険、使用者賠償責任保険などの名称で、各保険会社が販売しています。
その補償内容については、各保険商品によって様々ですが、企業・法人の経営に大きな打撃を与えかねない損害賠償リスクへの備えとして、導入することをご検討いただければと思います。
顧問弁護士の活用
労働災害が発生した場合において、被災した労働者側から企業・法人に対して損害賠償請求が行われたときは、企業・法人としては示談交渉への対応に当たらなければなりません。
また、このような損害賠償請求への対応は、必ずしも被災した労働者の治療等が終了し、損害額が確定可能となった段階で発生するというわけではなく、労働災害の発生直後の段階から、被災した労働者側が治療中の生活維持などを主張して、損害賠償金の内金として一時金を支払うように請求してくるというケースもあります。
いずれにしても、被災した労働者側からの損害賠償請求への対応は、時に企業・法人や担当者への負担が重いものとなりがちです。
上記のような労災保険の上乗せ保険には、自動車保険とは異なり、保険会社が示談交渉を代行してくれるサービスが付いておらず、損害賠償請求への対応は、企業・法人が自ら行わなければならないのが原則です。
このような場合でも、企業・法人に普段から付き合いのある顧問弁護士がいれば、顧問弁護士に損害賠償請求への対応窓口を一任することが可能となります。
この点、労災保険の上乗せ保険の商品説明では、示談交渉を弁護士に依頼する場合の弁護士費用が賄われることを謳っているものも少なくありませんが、保険会社としては、民事訴訟や労働審判が提起されなければ、弁護士費用の拠出に消極的であるのが現実であり、労働災害発生直後や示談交渉段階での弁護士費用を保険で填補してもらえることを、あまり期待しない方がよいでしょう。
当事務所の顧問サービスでは、プランによっては顧問料の範囲内で被災した労働者側との交渉窓口を引き受けることが可能ですので、是非ご利用いただければと存じます。
また、企業・法人が労働災害の発生直後から顧問弁護士に相談することにより、労働災害の発生状況や労働災害の原因となる事実関係に関する情報収集や、客観的な記録および関係者の証言の収集・保全などについて、適時適切なアドバイスやサポートを行うことが可能となります。
このように、労働災害の発生直後の初動段階から顧問弁護士が関与することで、企業・法人が負う可能性のある法的責任について適切な見通しを立てながら、企業・法人が不当に不利にならないように段取りをつけ、被災した労働者側や労働基準監督署などへの対応にも安心して臨むことができるというメリットがあります。
また、被災した労働者側への賠償対応においても、収集・保全した情報や記録・証言などを踏まえて、企業・法人が損害賠償責任を負うのか(企業・法人に安全配慮義務違反や使用者責任が認められるのか)、被災した労働者側にも過失(落ち度)がなかったのか、賠償請求された損害の範囲や金額が適正なのかなどを正確に見極めながら、早期に適正な解決を図ることが期待できます。
さらに、当事務所では、労災保険関係の諸手続や労働基準監督署への対応についても、しっかりとサポートさせていただくことが可能です。
当事務所の弁護士は、これまでに、地域の企業・法人様から、労働災害に関するご相談・ご依頼をお受けしてきた実績がございます。
また、顧問契約を締結いただくことによって、労働災害の発生直後からの様々なサポートを提供させていただいておりますので、労働災害についてお困りの企業・法人様がいらっしゃいましたら、当事務所のご利用をご検討いただければと思います。
当事務所の労務問題に強い弁護士の対応料金
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