弁護士・木村哲也
代表弁護士
主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。
はじめに
当事務所では、労務問題に関するご相談・ご依頼を多数お受けしており、従業員の賃金の減額に関するご相談をいただくこともございます。
企業の業績不振などの会社都合、従業員の能力不足、病気・障害による能率低下などを理由とする賃金の減額を希望されるケースがよくあります。
また、人事異動・人事評価(降格・降級)、懲戒処分(減給・降格)、欠勤控除(欠勤・遅刻・早退)もまた、賃金の減額を伴う対応となります。
賃金は、雇用契約における最も重要な要素であり、企業が自由に減額することはできないのが原則です。
一方で、適正な手続等を踏むことにより、賃金の減額が可能なこともあります。
しかし、対応を誤れば法的トラブルの発生を招くおそれがありますので、本コラムにおける解説の内容を踏まえ、慎重にご検討いただくことをお勧めいたします。
1 従業員との合意による賃金の減額
賃金をはじめとする労働条件は、従業員の同意なく一方的に引き下げることはできません(労働契約法9条)。
他方で、対象となる従業員の同意を得ることにより、その従業員の労働条件の引き下げが可能となることがあります(労働契約法8条)。
ただし、この場合、「従業員の自由意思に基づく同意」が必要となります。
賃金の減額について、次の裁判例では、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由」が要求される、と判断しています。
【最高裁判所平成28年2月19日判決:山梨県民信用組合事件】
就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。
このように、従業員との合意による賃金の減額は、そう簡単なことではありません。
まずは、対象となる従業員との間で、賃金の減額に関する合意書・雇用契約書等を取り交わすことが重要です。
口頭による合意だけでは、後々トラブルになった場合に、従業員の同意があった事実すら立証できず、企業側にとって不利な展開になることが想定されるからです。
そのうえで、上記の裁判例からすれば、賃金の減額の程度は減額の理由に照らして合理性のあるものでなければならず、対象となる従業員に対し、賃金の減額の内容および理由について、十分な情報提供と説明を尽くす必要があります。
従業員が渋っているのに一方的に合意書・雇用契約書等にサインをさせたり、解雇・退職を盾にして同意を迫ったりする対応をすれば、後々トラブルに発展した場合に、賃金の減額が違法・無効と判断されるおそれがありますので、注意が必要です。
2 就業規則・賃金規程の改定による賃金の減額
従業員の賃金を減額する方法の一つに、就業規則・賃金規程の改定による賃金の減額があります。
従業員全体を対象として賃金の変更を行う場合には、この方法による対応とするのが通常です。
ただし、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」ことが要件となります(労働契約法10条)。
就業規則・賃金規程の改定による賃金の減額を行う場合には、改定後の就業規則・賃金規程を従業員らに周知することはもちろん、賃金の減額の程度、賃金の減額の必要性、その他の事情に照らし、合理性のあるものでなければなりません。
また、従業員らに対し、賃金の減額の内容および理由について、十分な情報提供と説明を尽くす必要があります。
このように、就業規則・賃金規程の改定は、無制限・自由に行えるわけではありません。
ルーズに就業規則・賃金規程の改定を行えば、後々トラブルに発展した場合に、賃金の減額が違法・無効と判断されるおそれがありますので、注意が必要です。
3 人事異動・人事評価(降格・降級)による賃金の減額
役職・職位を低下させる「降格」、賃金の等級を低下させる「降級」により、賃金が減額となることがあります。
「降格」を行えば、役職手当等が減額となることが多いでしょう。
なお、降格には、人事権の行使としての降格と、懲戒処分としての降格がありますが、ここでは、人事権の行使としての降格についてご説明いたします。
懲戒処分については、後述いたします。
降格は、雇用契約書・就業規則等に根拠がなくても、人事権の行使として行うことができるのが原則です。
ただし、業務上の必要性、従業員の能力・適性の欠如などの帰責性、従業員が被る不利益などを考慮し、企業・法人の裁量の範囲を逸脱して社会通念上著しく妥当性を欠くと判断される場合には、人事権の濫用として降格が違法・無効と判断されます。
従業員の能力・適性の欠如がそれほど深刻ではないにもかかわらず、何等級もの極端な降格を行えば、違法・無効とされる可能性が高いです。
また、退職に追いやることを目的とする降格、有給休暇の取得など労働者としての正当な権利行使に対する制裁を目的とする降格、妊娠・出産・育児休業の取得等をきっかけとする降格(男女雇用機会均等法9条3項)などは、違法・無効とされる可能性が高いでしょう。
適法な降格により役職手当が減額となる場合には、役職手当の減額もまた適法と判断されることが多いです。
他方で、降格に伴う基本給の減額を行うには、就業規則・賃金規程に「降格により基本給を減額することがある」旨の根拠規定、賃金テーブルなどが定められていることが必要です。
「降級」については、就業規則・賃金規程に「降級により賃金を減額することがある」旨の根拠規定があることが必要であると考えられています。
就業規則・賃金規程において、等級と賃金の関係(賃金テーブル)、昇級・降級の基準が明確に定められ、従業員らに周知されていることが必要です。
また、昇級・降級の基礎となる人事評価には、合理性・公平性があることが求められ、恣意的な運用をすることは許されません。
4 懲戒処分(減給・降格)による賃金の減額
懲戒処分としての「減給」を行うことにより、従業員の賃金が減額されます。
また、懲戒処分としての「降格」を行えば、役職手当等が減額となることが多いでしょう。
懲戒処分を行うためには、就業規則に根拠となる規定があることが必要です。
また、問題となる非違行為の内容・程度と比較して、懲戒処分が重すぎることがあってはなりません。
そして、懲戒処分を行うにあたっては、対象となる従業員に弁明の機会を付与し、就業規則に懲戒委員会の決議などの手続規定が置かれている場合には、規定の手続を履行する必要があります。
後々トラブルに発展した場合に備えて、非違行為に関する十分な調査を実施し、非違行為があったことの裏付けとなる証拠を確保しておくことも大切です。
なお、懲戒処分としての「減給」には、法律上、上限が定められています。
すなわち、「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」(労働基準法91条)とされています。
5 欠勤控除(欠勤・遅刻・早退)による賃金の減額
従業員が欠勤・遅刻・早退をし、所定労働時間の勤務を行わなかった場合、不就労の日数・時間に相当する賃金を差し引くのが通常です。
これを欠勤控除と言います。
適正な計算により欠勤控除が行われる場合には、違法・無効とはなりません。
6 弁護士にご相談ください
以上の解説を踏まえ、従業員の賃金を減額する場合には、慎重にご判断・ご対応いただくことをお勧めいたします。
従業員の賃金の減額についてご不明のことがありましたら、労務問題に詳しい弁護士にご相談いただくのがよいでしょう。
当事務所では、地域の企業様から労務問題に関するご相談・ご依頼を多数お受けしており、対応経験・解決実績が豊富にございますので、ぜひ一度、当事務所にご相談いただければと存じます。
記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2024年3月4日
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