弁護士・山口龍介
八戸シティ法律事務所 所長

主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。

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1 病院・介護施設における誤嚥事故とは

誤嚥(ごえん)とは、食べ物や飲み物などが、何らかの理由で、誤って咽頭や気管に入ってしまうことを指します。
食べ物や飲み物以外にも、唾液などの分泌物が気道に流入し、誤嚥することもあります。
また、胃内容物(胃液など)が、食道から咽頭に逆流し気道に流入することを、逆流性の誤嚥といいます。
そして、それらの誤嚥で起こる肺炎を誤嚥性肺炎と言います。

病院・介護施設における誤嚥事故は、乳幼児や高齢者に特有の事故となっています。
特に高齢者においては、嚥下機能の低下により、誤嚥事故のリスクが高まります。
嚥下機能の低下とは、高齢になると、喉頭(のどぼとけ)を吊り上げている筋肉の減少によって、喉頭の位置が下がり、嚥下時の喉頭挙上が不十分となり、食道の入り口を閉めている括約筋の機能低下も伴って、喉頭の閉鎖が不十分となることです(これにより、誤嚥しやすくなります)。
さらに、咽頭収縮筋の収縮力が低下し、咽頭に唾液や食べ物などが残留することによっても、誤嚥のリスクが高まります。
その他の嚥下機能の低下の原因に、脳梗塞などの脳血管障害や、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの変性疾患が挙げられます。

病院・介護施設において誤嚥事故が発生しやすい場面としては、以下のようなケースが挙げられます。
‧ 普段からゆっくり食べる患者・入所者に焦ってスプーンを次々と口に運んでしまい、結果として患者・入所者の口に食べ物を押し込んでしまい、誤嚥・窒息させてしまった。
‧ 嚥下の力が弱っている患者・入所者に対して、急いでいたので立ったまま上から食べ物を口に運んだ結果、顎を上に向けた状態で飲み込むことになったため、食べ物が気管に入ってむせこんでしまった。
‧ 自分で食事ができる患者・入所者のため、順調に食べていたのでしばらく油断して見ておらず、気づいたら顔が青ざめ意識を失っていた。

多くの病院・介護施設では、すでに誤嚥事故防止の対策を講じていると考えられますが、誤嚥事故に関する裁判は後が絶えません。
特に介護施設では、高齢者の中には嚥下機能が低下している方が少なからずいらっしゃるため、食事介助においては、常に誤嚥事故のリスクをはらんでいます。
そして、誤嚥事故は、死亡や意識不明の重体といった重大な結果と直結するだけに、示談で解決することができず、裁判となることが多い事故の一つとなっています。

さらに、誤嚥事故では、患者・入所者が死亡または意識不明の重体・重度後遺症となることが多いことから、病院・介護施設の責任が認められた場合には、そのほとんどにおいて高額な賠償が認定されています。
このことからも、病院・介護施設における誤嚥事故は、裁判リスクが非常に高い事故であると言えます。

2 損害賠償責任の法的根拠

(1)損害賠償責任の法的根拠

誤嚥事故で病院・介護施設が負う責任のうち、最も問題となるのは、民事上の損害賠償責任です。
損害賠償責任の法的根拠としては、不法行為責任(注意義務違反)と債務不履行責任(安全配慮義務違反)の2つがあります。

不法行為責任では、医療・介護従事者(看護師・施設職員)の注意義務違反が認められればその者に不法行為責任(民法709条)が成立し、その使用者である病院・介護施設が使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償責任を負うことになります。
また、病院・介護施設は、医療・介護契約上、患者・入所者に対して安全配慮義務を負い、この義務に違反した場合には債務不履行責任(民法415条)に基づく損害賠償責任を負うことになります。

(2)損害賠償責任が認められる場合

不法行為責任と債務不履行責任のいずれの場合であっても、この民事上の損害賠償責任が認められるには、誤嚥事故について、「過失」(注意義務違反、安全配慮義務違反)が認められることが必要となります。

過失とは、本来すべきことを怠った場合を指しますが、次の2つの要素で構成されています。
①予見可能性(一般的な医療・介護従事者であれば誤嚥が発生することを予見できること)を前提とした予見義務違反の有無
②結果回避可能性(一般的な医療・介護従事者であれば誤嚥という結果を回避することができたといえること)を前提とした結果回避義務違反の有無

①と②のいずれも、「一般的な」看護師・施設職員及び事業者を基準としており、責任を問われている看護師・介護職員等その人の個人的な能力を基準とするものではありません。
平たく言えば、一般的な看護師・施設職員を基準として、その誤嚥事故が具体的に予測でき、かつ相当の注意をしていれば誤嚥事故の発生、死亡等の結果を回避することが物理的に可能であった場合には、本来すべきことを怠ったと評価されて、過失が認められることになります。

他方で、発生した誤嚥事故が、予測できないような例外的な事故(予見可能性が無い場合)や、看護師・施設職員に通常求められる程度の注意義務を尽くしても防ぐことができなかった事故(回避可能性が無かった場合)では、損害賠償責任を負うことはありません。
もっとも、病院・介護施設は、医療・介護サービスを専門的に提供するものであり、その従業員である看護師・施設職員も専門的知識を有しているべきであるとされていることから、一般的に誤嚥事故防止のために尽くすべき注意義務・安全配慮義務は、高度なものが要求されていることには注意が必要です。

(3) 過失の有無において判断される点(裁判における主な争点)

裁判例における過失の有無の判断過程においては、「①誤嚥事故の予見可能性・予見義務違反の有無」では、誤嚥事故に近接した時期の嚥下能力、医師による嚥下障害の可能性の指摘の有無、むせ・せき込みなどの異常その他の症状に着目して認定がされています。

また、「②誤嚥事故の結果回避可能性・結果回避義務違反の有無」では、【食事の提供・方法】、【食事の際の見守り】、【誤嚥後の対応】に着目して認定がされています。
より詳細に見ると、【食事の提供・方法】では、嚥下機能の評価を踏まえて、どのような食事形態が出されているのかが問題となり、評価に応じた食事形態が提供されていれば、過失は認定されていません。
【食事の際の見守り】では、誤嚥を意識した注意喚起をしていたこと、数分以内の様子見をしていたこと、全介助であったこと、近くで見守られていたことなどを理由として、過失は認定されていません。
【誤嚥後の対応】では、急変後適切なタイミングで、異物の除去、吸引等の応急処置、介護施設の場合には救急要請したことを理由といて、過失は認定されていません。

3 病院・介護施設の損害賠償責任が認められた事例

上記では、過失が認定されていない場合を紹介しましたが、次に、病院・介護施設の損害賠償責任が認められた事例を紹介します。
損害賠償責任が認められた事例を参考にすることで、誤嚥事故を巡る紛争の対策や予防に活かしていくことが大切です。

(1)東京地方裁判所平成19年5月28日判決 損害額400万円

【争点】
Ⅰ Aの容態急変は誤嚥によるものか
Ⅱ 誤嚥監視義務違反などの過失の有無
Ⅲ 損害額(誤嚥事故と損害との因果関係)
【事案の概要】
A(事故当時97歳)は、平成7年ころ、介護事業者Yが運営する特別養護老人ホームに入所した。
Aは、平成13年8月26日当時、食事をスプーン等を使用して自分で食べることができ、その日の昼食には、玉子丼を選んだ。
同日、Aは容態を急変させ、意識が無く、心停止、呼吸停止の状態となったため、救急車で病院に搬送され、そのまま同病院に入院し、その後、平成14年7月9日に死亡した。
死亡診断書には、直接の死因は老衰であり、直接の死因に影響を及ぼしたと考えられる傷病名は虚血性脳症である旨が記載されていた。
【裁判所の判断】
Ⅰ Aの容態急変は誤嚥によるものか
裁判所は、以下の判断要素を挙げて、Aの容態急変は、Aが玉子丼を食べていた際、かまぼこ片などを誤嚥し、気道が部分的に閉塞されたことにより生じた窒息が原因であると認定した。
・平成13年8月26日に、口から泡を出し、苦しそうにするなどしていたAの容態急変は、昼食を食べている時に発生したものであること。
・1回目の急変が生じた際に吸引処置をしており、2回目の急変が生じた際、Aはかまぼこ片一つを吐き出しており、3回目の急変の際に心臓マッサージをしていた際に、Aの喉の奥からかまぼこ片一つが取り出されていること。
・病院の主治医がAが搬送された当時の症状について窒息と診断したこと。
Ⅱ 誤嚥監視義務違反などの過失の有無
裁判所は、以下の判断過程により、Yの施設職員らの過失を認定し、Yは不法行為について使用者責任を負うと判断した。
 YはAに対するサービス提供にあたり、Aの生命、身体、財産の安全・確保に配慮する義務を負っている。
 Aが平成12年に病院に一旦入院し、退院する際、同病院から、食事摂取時にむせはないが嚥下状態の観察が必要である旨が記載された院外看護要約が渡されていた。
 Yには専門的な医療設備はなく、施設職員らは医師免許や看護資格を有しておらず、医療に関する専門的な技術や知識を有していなかった。
 1回目ないし2回目の急変時に救急隊員が到着していればAの意識障害の程度を軽減できた可能性が認められないわけではない。
 施設職員らは、1回目の急変後Aの状態を観察し、再度容態が急変した場合には、直ちに嘱託医等に連絡して適切な処置を施すよう求めたり、あるいは119番通報をして救急車の出動を直ちに要請すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を怠った。
Ⅲ 損害額(誤嚥事故と損害との因果関係)
裁判所は、容態急変時の窒息はAの死亡の直接の原因ではないことから、葬儀費用などは認めなかったが、慰謝料として400万円を認定した。

(2)福岡地方裁判所平成19年6月26日判決 損害額2882万円

【争点】
Ⅰ 誤嚥の予見可能性の有無
Ⅱ おにぎり提供の過失の有無
Ⅲ 義歯を装着しなかったことについての過失の有無
Ⅳ 見守りについての過失の有無
【事案の概要】
A(事故当時80歳)は、老人性痴ほう症、高血圧などの既往症を有し、平成13年から介護老人保健施設に入所していたが、平成15年にY病院に入院した際には、誤嚥性肺炎、痴ほう、高血圧症等と診断され、治療を受けていた。
その後も発熱や食欲不振が続き入院していたAは、食欲低下が続いたため、再度Y病院に入院し、尿路感染症の治療を受けて症状が改善し、12月頃から経過観察をしながら転院先を探していた。

平成16年1月12日、看護師がAに夕食としておにぎりを提供したが、その際、Aが義歯を入れると痛いと述べて拒否したため、義歯を装着しなかった。
そして、看護師がAの病室(個室)を離れている間に、Aはおにぎりを誤嚥して窒息し、心肺停止状態となり、蘇生措置が行われたが意識が回復しなかった。
その後、Aは、意識が回復しないまま、同年10月、呼吸不全で死亡した。

【裁判所の判断】
Ⅰ 誤嚥の予見可能性の有無
裁判所は、以下の判断要素を挙げて、Aは義歯を装着しなければ食物を誤嚥する可能性があり、そのことを看護師は認識していたと認定した。
・Aが前回入院の際も誤嚥性肺炎と診断されたこと。
・今回の入院後も「誤嚥のリスク状態」への対処が看護プランの重要事項としてあげられ、嚥下しやすい食事が提供されていたが、Aには嚥下障害がみられたこと。
・事故の前日の朝食時に看護師が担当していた際も、Aは牛乳を飲んでむせていたこと。
・看護日誌にも「食事摂取時は必ず義歯装着のこと。誤嚥危険大」と記載されて申し送られていたこと。

Ⅱ おにぎり提供の過失の有無
裁判所は、Y病院が嚥下状態が続いたAに対し、嚥下しやすい工夫がされていないおにぎりを提供したことは適当ではなかったが、当時、Aの食欲不振解消が重要事項となっており、そのためにA自身の希望に沿って提供されたものであったこと、これまでおにぎりでむせたことはなく、注意して嚥下する限り誤嚥することはないことなどから、おにぎりを提供したこと自体は過失ではないと認定した。

Ⅲ 義歯を装着しなかったことについての過失の有無
裁判所は、看護師から義歯の装着を勧められたにもかかわらず、Aがこれを拒否したこと、老人性痴呆症状も呈していたAが担当看護師の説得に応じることは期待できず、また、看護師が嫌がる患者本人に強制的に義歯を装着することも実際上不可能であることなどから、拒否された場合にまで義歯を装着すべき義務はなかったと認定した。

Ⅳ 見守りについての過失の有無
裁判所は、以下の判断過程により、看護師には過失があると認定し、Yは不法行為について使用者責任を負うと認定した。
 まず、義歯を装着しない場合には、装着した場合と比較して誤嚥の危険性が増す。
 そのうえで、看護師としては、Aが誤嚥して窒息する危険を回避するため、介助して食事を食べさせる場合はもちろん、Aが一人で摂食する場合でも一口ごとに食物を咀嚼して飲み込んだか否かを確認するなどして、Aが誤嚥することがないように注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があった。
 また、仮に他の患者の世話などのためにAのもとを離れる場合でも、頻回に見回って接触状況を見守るべき注意義務があった。
 そして、看護師は、これらの義務を怠り、Aの摂食・嚥下の状況を見守らずに約30分間も病室を離れたため、Aがおにぎりを誤嚥して窒息したことに気づくのが遅れたのであるから、看護師には過失がある。

(3)大阪高等裁判所平成25年5月22日判決 損害額1545万円

【争点】
誤嚥の予見可能性の有無
【事案の概要】
Aがロールパンを誤嚥して窒息死した。
誤嚥事故は、Aの入所後3日程度で発生したもので、入所後に予定されていた初回の医師の診察・指示がいまだ実施されていない状態で発生したという事情があった。
【原審】
原審(神戸地方裁判所)は、以下の判断要素を挙げて、誤嚥について予見可能性がなかったとして、介護事業者Yの責任を否定した。
・医師の診断には、嚥下障害を示すものはなかったこと。
・家族からの要望の中にも食べ物に気を付けて欲しい旨の記載はなかったこと。
【控訴審】
控訴審(大阪高等裁判所)は、以下の判断要素を挙げて、Yの過失を認定して責任を肯定した。
・例え医師による明確な指示がなくとも、日常的に高齢者と接している介護職員の知識・経験をもってすれば、誤嚥事故が発生することは危惧してしかるべきであること。
・少なくとも医師による入所後初回の診察・指示があるまでは、頻回に見回りをするとか、ナースコールを配置するなどをすべきであったこと。

(4)東京地方裁判所平成26年9月11日判決 損害額4804万円

【争点】
適切な食事介助を怠った過失の有無
【事案の概要】
Aは、平成19年3月31日の朝、頭痛と手足のしびれを感じ、医療法人Yが運営するY病院に救急搬送された。
Y病院における頭部CT等の結果、Aはくも膜下出血と診断され、同日、緊急手術を受け、同病院に入院した。
Aに対して、4月1日朝まで禁食の措置が執られ、1日昼からアイソトニックゼリーの経口摂取を開始し、同日の昼にはむせが見られて少量の摂取にとどまったが、同日の夕食にはほぼ全量を摂取し、翌2日には、JCSで3(名前、生年月日がいえない)~10(普通の呼びかけで容易に開眼する)の意識状態にある中で、主治医の指示により、全粥食の摂取が開始された。
その後むせなどの誤飲の徴候はうかがわれず、ほぼ全量~3分の2程度を摂取し、4月3日の朝食にはロールパンが出されたが、Aはこれも問題なく摂取した。

午後0時10分頃のAの意識状態はJCS3~10であり、意識状態に変化は見られなかった。
午後0時10分頃、昼食を摂取している最中に、昼食に出された蒸しパンを一口大にちぎることなく大きな塊のまま口に入れ、これを喉に詰まらせて窒息し、呼吸停止となった。
すぐに吸引処置が講じられたものの、詰まらせた蒸しパンを吸引することができず、チアノーゼ状態となり、主治医が呼ばれた。
Aの呼吸が停止してから1分後に主治医により心臓マッサージ、挿管等の処置が行われ、呼吸、心拍数は回復したが、意識状態は同月8日までJCS200(痛み刺激で少し手足を動かしたり顔をしかめたりする)~300(痛み刺激に反応しない)で推移した。

同月9日以降、Aの意識状態は回復し、その後Y病院を退院した時点における意識状態はJCS3であった。
Aは、Y病院を退院後、複数の医療機関等に入院・入所し、平成20年時点における現症として血管性認知症と診断され、その後障害等級2級の精神障害者保険福祉手帳の交付を受け、平成22年、血管性認知症と診断された。
(窒息に起因する精神障害2級の後遺障害損害を被ったとして損害賠償請求)

【裁判所の判断】
裁判所は、以下の判断過程により、Aの食事介助をしたYの看護師には、Aに対する適切な食事介助を怠った過失があると認定し、Yは不法行為について使用者責任を負うと認定した。
 嚥下訓練に当たっては、患者の嚥下の状態を見ながら、ペースト食や刻み食、一口大食などと段階的に通常の摂食状態に近づけていくものとされている。
 4月5日当日、手術から僅か5日しか経っておらず、Aの意識状態は午後0時頃の時点でJCS3~10、蒸しパンを口に入れた時点ではJCS3であったが、JCS3の意識状態とは、良い状態であっても、辛うじて名前を言うことが出来る程度で、それ以上の質問には答えられなという状態であるから、してはいけないことやしても良いことを理解する能力が低下し、食事を摂取するに当たり、自分の嚥下に適した食べ物の大きさや柔らかさを適切に判断することが困難な状況にあって、食べ物を一気に口に入れようとしたり、自分の嚥下能力を超えた大きさの食べ物をそのまま飲み込もうとしたりする行動に出る可能性があるのもならず、嚥下に適した大きさに咀嚼する能力も低下しており、Aの食事介助に当たる看護師は、そのことを十分に予測することができる状況であった。
 さらに、パンは唾液がその表面部分を覆うと付着性が増加するといった特性を有し、窒息の原因食品としては上位に挙げられる食品であること、このことはリハビリテーションの現場では広く知られていることが認められる。
 以上によれば、Aの食事の介助を担当する看護師は、蒸しパンが窒息の危険がある食品であることを念頭に置き、Aが蒸しパンを大きな塊のまま口に入れることのないように、あらかじめ蒸しパンを食べやすい大きさにちぎっておいたり、Aの動作を観察し必要に応じてこれを制止するなどの措置を講じるべき注意義務を負っていた。
 しかしながら、事故が発生した1分以内に吸引措置が講じられていることからすれば、Aが食事を摂っている間、看護師が近くにいたことは推認されるものの、食事介助を担当した看護師においては、蒸しパンを食べやすい大きさにちぎって与えることをしなかったことは明らかであるが、それ以上に具体的にどのようにAの動作を観察し、どのように対応したかは証拠上不明であって、注意義務を尽くしていたと認めることができない。
 Yは、事故は、Aが看護師の制止にもかかわらず、突然蒸しパンを一気に口の中に入れたことによって発生したものであって、瞬間的に起きたものであるから回避不可能であったと主張するが、この主張を裏付ける証拠はないし、当時Aの意識状態はJCS3であって、制止することができないほどに俊敏な動作が可能であったとは考え難い。

(5)熊本地方裁判所平成30年2月19日判決 損害額1960万円

【争点】
適切な食事介助を怠った過失の有無
【事案の概要】
介護事業者Yが運営する特別養護老人ホームに入所していたAは、食事中に食事介助の施設職員が席を外した後に誤嚥による冷汗症状を呈し、救急搬送中に心肺停止に陥った。
Aは心肺蘇生法による心拍再開後も意識障害が継続し、搬送先の病院で低酸素脳症と診断された。
「施設サービス計画書」や協力医療機関の診療情報提供書において、「毎食後の口腔ケアによる誤嚥性肺炎を防ぐ」、「誤嚥性肺炎を起こしやすい」旨が記載されていた。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下の判断過程により、Yの履行補助者である施設職員は安全配慮義務を履行しなかったとして、入所契約上の安全配慮義務違反によるYの責任を認めた。
 Yは、入所契約に基づき、Aの身体の安全に配慮して適切な態様で食事を提供する義務を負っている。
 食事中にしゃっくりが出始めた場合には咽頭に食べ物が残っているタイミングでしゃっくりが生じることで食べ物を誤嚥する危険が大きく、直ちに食事介助を中断してしゃっくりが収まるまで一切の食べ物の提供を停止すべきである。
 Aは医師からも特に誤嚥の危険性を指摘されていたことから、Aの食事介助を行うにあたっては、一口ごとに嚥下を確認し、少なくとも食事介助の終了時には口腔に食べ物が残っていないことを確認する必要があり、とりわけ食事介助の終了時にしゃっくりが継続している場合には、口腔に食べ物が残っていないことを確認する必要が非常に高い。
 食事介助を担当していた施設職員は、Aの食事介助を継続し、その継続中に出始めたしゃっくりが収まっていないにもかかわらず、すまし汁等の流動性の高い食べ物を与える食事介助を継続し、その継続中にしゃっくりが強くなったにもかかわらず、食事介助の終了時にAの口腔に食べ物が残っていないことを確認せずに離席したものであり、このような食事介助の態様は誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものである。

4 弁護士にご相談ください

誤嚥事故では、裁判例のうち少なくない数で、過失が認定されています。
そして、過失が認定された裁判例では、ほぼ全例で、因果関係が認定され、病院・介護施設の損害賠償責任が認められています。
しかも、その損害賠償額は、死亡や意識不明の重体・重度後遺症という重大な結果と直結していることから、高額となっています。

裁判例を分析する限り、誤嚥事故に関する裁判リスクを防止・減少させるためには、病院においては、見守り等の対応を適切にすること、介護施設においては、誤嚥リスクを把握し食事を提供すること、及び誤嚥した場合の対応として救急搬送の時期を逸しないようにすることが重要と言えます。

そして、万が一誤嚥事故が発生してしまった場合には、冒頭でも述べた通り、常に裁判リスクがあります。
そのため、誤嚥事故発生後のなるべく早い段階で、事故対応・示談交渉・裁判対応の専門家である弁護士に相談されることをお勧めいたします。

また、事故対応・示談交渉・裁判対応のみならず、リスク予防の観点からは、裁判例等を踏まえた誤嚥事故を含む事故対応マニュアルの作成が考えられます。
この点で、医療・介護の現場における実情と、裁判所が求める水準には、開きがあることも事実です(裁判所が求める「一般的に誤嚥事故防止のために尽くすべき注意義務・安全配慮義務」は、高度なものが要求されていること)。
したがって、リスク予防のための対応についても、法的責任や裁判所の判断について専門的な知見のある弁護士に一度相談されることをお勧めいたします。

記事作成弁護士:山口龍介
記事更新日:2024年9月6日

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