1 理不尽なクレーム・ハードクレームとは

日本は超高齢社会を迎え、介護を必要とする高齢者が急速に増大していることから、介護福祉施設の重要性が高まっています。
その高まりと相まって、施設の利用者やその家族が事業所や従業員に対して理不尽なクレーム・ハードクレームをつける事例が増えています。

介護福祉における理不尽なクレーム・ハードクレームとは、施設の利用者というサービスを受ける立場にある優位性を利用し、一般的な常識では考えられない要求をするクレームのことを言います。
単純な例として、「面会時間外に面会をさせて欲しい、特別なメニューの食事を提供して欲しい」といったものが挙げられます。
介護福祉では利用者と施設従業員が密接に関わり合うことから、理不尽なクレーム・ハードクレームが発生しやすいとされています。

このページでは、このようなクレームの対応方法について解説いたします。

2 介護福祉でよくある理不尽なクレーム

介護福祉の現場で起こる理不尽なクレームのうち、代表的なものは次のとおりです。

【1】接客に対するクレーム
誤った事実関係に基づいて従業員の接客や言葉遣いに対し不満を述べたり、サービスの質や量について不満を述べたりすることがこれに該当します。
例えば、従業員が利用者を虐待しているといったように、客観的にそのような事実がないにもかかわらず言いがかりを付けてくるケースがこれに該当します。
また、利用者からのクレームに対して事実関係を調査し、必要十分な説明をしているにもかかわらず、同じ主張を繰り返すケースもこれに該当します。

【2】特別な待遇を求めるクレーム
食事にはデザートを必ず付けてほしい、入浴はシャワーだけでなく必ず浴槽に入れてほしいといったものがこれに該当します。

【3】不当な対応を求めるクレーム
法的には応じる義務がないにもかかわらず、謝罪や慰謝料の支払いを求めるクレームがこれに該当します。
また、昼夜問わず電話を掛けてきたり、すべての従業員を呼び出して説明を求めたりするといった対応も法外な対応を求める点で、これに該当します。

【4】従業員に対する罵倒や侮辱
もはやクレームですらないと思われますが、クレームの内容に関わらず、大声で従業員を怒鳴ったり、侮辱的な発言によって人格を否定したりするような言動を繰り返すケースがこれに該当します。
このようなクレームに対しては、侮辱罪や名誉毀損といった犯罪行為に該当する可能性もありますので、状況によっては刑事告訴などの本格的な法的対応を検討すべき場合もあります。

ここで列挙したものはあくまで一例に過ぎず、多種多様なクレームが考えられるところです。
どのようなクレームにも共通することは、事業所に対する建設的な意見ではなく、利用者の個人的な不満を事業所やその従業員に対して一方的に押し付ける主張であることです。
例えば、よりバランスの取れた食事メニューの提案や、より効果的なレクリエーションの提案といったように、施設の運営改善に結び付く要望に対応することは、利用者との信頼関係を築くことにも繋がります。
このような建設的な意見や主張に対しては、事業所としても真摯に対応していく必要があります。

一方で、理不尽なクレーム・ハードクレームは、何ら生産性がなく、クレーム通りに要望を実現する必要はありませんので、事業所としてどのように対応していくべきか、十分に準備しておくべきです。

3 理不尽なクレームの特徴について

理不尽なクレームに共通することは、事業所に対する建設的な意見ではなく、利用者の個人的な不満を事業所やその従業員に対して一方的に押し付ける主張であることです。
理不尽なクレームが増えた要因としては、全国的に介護福祉施設が多くなったことと、インターネット環境の発達によって無数の介護施設の情報にアクセスすることができるようになったことが考えられます。
利用者にとっては同業他社との比較が容易となり、この程度のサービスは受けて当然だといったように、利用者側の一方的な思い込みから理不尽なクレームへと発展することがあります。

そして、事業所が理不尽なクレームに対し安易に応じてしまうことにより、さらに利用者が過剰な要求をすることがあります。
利用者と適度な距離感を置くためにも、理不尽なクレームには安易に応じないように注意する必要があります。

4 介護福祉における理不尽なクレームへの対応

前述したように、理不尽なクレームは事業所側と利用者の双方に原因がある場合がありますので、事業所側としてどのように改善していくべきかが問題となります。
理不尽なクレームへの対応方法として、以下のようなものが考えられます。

(1)対応体制の構築

まずは責任者を定め、誰がクレーム対応に対し責任を負うのか組織上明確にしておきます。
その責任者が中心となってクレーム対応を行っていくことになります。
さらにクレームの種類や対応の流れ、上司への報告体制といったエスカレーションの手順を詳細に記載し、従業員がそのマニュアルに沿って迅速かつ適切に対応できるように準備しておきます。

実際のクレーム対応においては、まず事実関係の調査から始まることになります。
事実確認を行う過程では、事業所に非のある部分とそうでない部分を洗い出す必要があります。
事業所に非のある部分に関しては、事業所が改善をする余地がある部分ということになりますので、改善策を検討していくことになります。

そのような洗い出しの一環として関係者から事実確認を行うことになりますが、特にクレームを述べてきた人から聴取を行う場合には、従業員を委縮させたり、怯えさせたりせることを目的とした過激な言動を行う人がいます。
このような人に対しては、当該従業員の精神的な負担を少しでも軽減するため、複数の従業員で対応させることが重要です。

実際のクレームでは、訪問や電話、メールといった様々な態様が考えられるところですので、それぞれのクレームに応じた対応方法を決めておきます。
このようにしてマニュアルを整備していきますが、一度マニュアル化しただけで終わりではなく、定期的な見直しを行い、実際のクレームへの対応に基づいて改善を図ることも重要です。

(2)職員教育の徹底

クレームに対するスキルやコミュニケーション技術を向上させることも、従業員限りで柔軟な対応を可能にするという点において、理不尽なクレームへの対応方法の一つとなります。

従業員を対象にクレーム対応への研修を行うことが有効と思われます。
研修においては、実際のクレーム対応を想定して、ロールプレイングを行うことも有効と思われます。

研修以外においても、定期的に従業員同士での情報共有や上司からのフィードバックの場を設けることにより、対応力を底上げすることができます。

(3)記録の作成と保管

クレーム対応を行うにあたっては、記録を残しておくことが非常に重要になります。
全てのクレーム内容や対応結果を詳細に記録しておくことで、後日の分析や記録に役立てることができます。
そして、クレームの発生日時や対応者、対応結果、利用者の反応等を事細かに記録しておけば、法的な紛争となった場合の証拠として活用することができます。

記録の残し方としては、訪問によるクレームの場合、利用者との会話も録音として残しておくべきです。
このような記録は、対応後すぐに作成することが証拠としての価値に影響しますので、作成のタイミングについても注意すべきです。

(4)理不尽なクレームから身を守る法的な根拠の確認

事情聴取と記録の作成・保管を行うことと並行して、理不尽なクレームから身を守る法的な根拠を確認します。

理不尽なクレームは、刑法上の犯罪行為に該当することがあります。
例えば、「お前の家に火をつける」といった脅す発言があった場合には、脅迫罪に該当します。
また、「土下座しろ、しないと殴るぞ」といった義務のない行為を強制する場合には、強要罪に該当します。
実際に殴ってきた場合には、暴行罪又は傷害罪に該当することになります。
退去を求めたにもかかわらず居座る場合には、不退去罪に該当することになります。
このような犯罪行為に該当する場合には、速やかに警察に通報するべきです。

(5)専門家の活用

比較的よくみられるクレームについては、事前に準備したマニュアルによって対応可能な場合が多いと思われます。
もっとも、クレームの中には極めて悪質なものもあり、業務時間外の訪問を繰り返すといったような事前のマニュアルに基づく対応を行うことは難しい場合もあります。

そのような場合には、もはや一般の方々が対応を行うことは困難ですので、弁護士を始めとした専門家に依頼することが最善と言えます。
弁護士であれば法的な観点から助言を行い、代理人となって交渉することによって、悪質なクレームに対し冷静に対応することが可能です。
また、心理学者やカウンセラーといった心理学の専門家を招き、従業員に対してクレーム対応のアドバイスを求めることにより、より効果的な対応が可能となることも考えられます。

このような専門的なサポートはクレーム対応に関する従業員の理解を深め、ストレス管理にも繋がるものと言えます。

(6)予防的なアプローチ

最後に、予防的アプローチが重要となります。

理不尽なクレームが発生する前に、利用者やその家族との日常的なコミュニケーションを緊密に行い、クレームのもととなる不満が発生しないように接客していくことが重要となります。
利用者やその家族に対する定期的なアンケートや面談を通じて、不満が表面化する前に吸い上げ、対応策を講じることで、理不尽なクレームをできる限り減らすことができます。
また、アンケート等によって表面化した不満を施設全体で共有し、従業員全員が利用者の状況を把握することによって、より良いサービスの提供が可能になるでしょう。

5 介護福祉における理不尽なクレームを放置するリスク

介護福祉の現場において、理不尽なクレームを放置することには以下のようなリスクがあります。

(1)従業員がうつ病といった精神疾患を発症するリスク

理不尽なクレームに対応することは、対応する従業員にとって相当な精神的負担となります。
クレーム対応の矢面に立つ従業員は、うつ病といった精神疾患に罹患するリスクがあります。
そして、精神疾患に罹患した従業員が退職し、人手不足に陥ることもあります。

(2)従業員に対する損害賠償責任を負うリスク

事業所には、従業員の生命や安全に配慮して就業環境を維持する義務があります。
理不尽なクレームの対応を漫然と従業員に任せ、放置することによって従業員がうつ病といった精神疾患を発症した場合には、従業員から事業所を運営する主体に対し損害賠償請求をされるリスクがあります。

このように、理不尽なクレームであっても放置することはリスクを発生させますので、事業所としては十分に対応する必要があります。

6 介護福祉における理不尽なクレームを弁護士に相談するメリット

現在では、録音や撮影の技術が向上していることから、利用者やその家族が事業所側に発覚されないように介護サービスの様子を記録化することが容易になっています。
法的には何ら落ち度がないにもかかわらず、その録音や映像を証拠として、事業所の運営主体や従業員に対し損害賠償請求をされるリスクがあります。
弁護士であれば、万が一法的な責任追及をされた場合にも、法的な観点から対応することが可能です。
さらに顧問弁護士であれば、事業所と継続的に関わっていることから、実情に沿ったより効果的な対応をすることが可能です。
具体的には、予防法務的な観点から問題が起きる前に継続的にアドバイスができることに加え、有利な事実関係や証拠の収集を行うことにより、問題が大きくなることを防ぐことができます。

そもそも、仮に事業所側に法的な責任がある場合であっても、サービスを提供する側と利用者が密接にかかわる介護福祉の現場において、事業所やその従業員のみに一方的な責任がある場面は限られていると言えます。
施設の利用者側にも責任があることが往々にみられるところですが、施設側が自らの責任を認める負い目から、利用者側の言いなりになってしまうリスクもあります。
弁護士であれば、事業所にとっても有利な事実関係や証拠を見つけた上で、例えば被害者にも過失がある場合には、過失相殺の主張を適切に行うことによって、事業所が負担する責任を軽減できるように活動していきます。

従業員に対する損害賠償責任が問題となる場合にも、そもそも義務違反となる安全配慮義務違反があったのかどうか、仮に認められる場合であっても、従業員にも一定の不注意が認められるのではないかといった、法的な観点からの検討が必要となります。
このように法的な問題が絡む場合には、弁護士の活用が不可欠であると言えます。

7 介護福祉における理不尽なクレームへの対応は当事務所にご相談ください

当事務所の弁護士は、介護福祉事業の方々が直面する法的問題について、豊富な知識と経験を有しています。
お困りの方はぜひ当事務所までご相談ください。

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