弁護士・山口龍介
八戸シティ法律事務所 所長
主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。
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はじめに
近年では、メンタルヘルス(心の健康状態)の不調によって、長期の休業が必要となる従業員も増えてきており、休職制度の活用がより重要となってきています。
休職制度を導入している企業は多いと思います。
それでも、たとえば企業が、「休職から休職期間満了日まで、本人から何も連絡が来ないので、自動退職/解雇扱いとなるのは当然である」という認識であった場合、はたしてこの認識は問題ないのでしょうか。
また、休職に関する裁判例では、休職を認める判断が遅れたことがうつ病悪化の原因であるとして企業に100万円を超える支払いが命じられたケースや、休職した従業員を解雇したことが不当解雇と判断されて企業に1000万円を超える支払いが命じられたケースもあります。
そこで、このコラムでは、私傷病休職制度の概要と運用上の注意点について解説します。
私傷病休職制度の概要
多くの企業では、私傷病休職制度が導入されています。
私病を理由に業務ができない状態にある従業員は、私傷病休職制度を利用するわけですが、いつまでも休職できるものではなく、就業規則などで一定の期間が定められているのが一般的です。
復職に際しては、休職の原因である私病から治癒したといえるかが問題となります。
ここでは、身体の傷病の場合はさほど問題となることはありませんが、メンタルヘルスについては注意が必要です。
治癒したという判断をするうえでは、医師の診断が必要となりますが、メンタルヘルスの場合、医師が患者である従業員の言い分をそのまま採用して診断結果を出してしまうおそれがあります。
そのため、医師の診断結果だけで治癒したか否かを判断してよいかは慎重に考えなければなりません。
基本としては、医師の診断書を判断材料とし、会社が指定する医師による診断を求められるよう制度設計をすることを考えるべきでしょう。
また、メンタルヘルスの場合、回復の程度も問題になります。
休職前の業務ができるほどには回復していないからといって、治癒していないと簡単に判断はできません。
軽易な業務であればできる、従業員もそのような業務での復職を望んでいるという場合には、企業側には軽易な業務に配置することが可能か検討する義務があるとした裁判例もあります。
復職の場面では企業側に配慮が求められているわけです。
そして、休職期間中に残念ながら治癒しなかったという場合もあります。
この場合にどうするかも、就業規則などで定めるのが一般的です。
当然退職(自動退職)とするか、解雇扱いとするかの2通りがありますが、ここで企業としての対応を誤ると、重大な訴訟トラブルを抱えてしまう可能性があります。
例えば、冒頭の裁判例のほかに、企業が休職期間満了により従業員を解雇したことについて、不当解雇と判断して約5200万円を支払うことを命じた裁判例もあります。
運用上の注意点
私傷病休職制度は、企業側と従業員側の双方にとってメリットがある制度ですが、運用を誤るとトラブルを招きかねません。
例えば、休職命令を出さなかったがために休職の始期も終期も不明確になってしまうとか、休職事由のない従業員を休職扱いにしてしまったことを原因とするトラブルなどが考えられます。
また、身体の傷病の場合を想定した制度設計をしていたため、メンタルヘルスの不調を理由とする休職に対応できないというトラブルも考えられます。
休職制度を設けている企業であっても、適宜制度の見直しを行う必要があるでしょう。
以下では、メンタルヘルスの不調に絞って、私傷病休職制度の運用上の注意点として、さらに詳しく解説します。
①受診命令、休職命令
従業員の異変に気づくことから対応が始まることが多いでしょうし、ストレスチェック制度も活用が期待されるところです。
そして、上司や人事担当者は、産業医や専門医と相談の上、医師の受診が必要との助言を得た場合、本人に対して、医師(主治医、産業医、会社指定医)の受診を勧めます。
仮に、本人が医師の受診に応じない場合、就業規則の規定に基づいて、受診命令を検討しますが、可能な限り、自発的に受診してもらうよう粘り強い対応が重要です。
そして、メンタルヘルス不調により業務に支障を来たす場合には、就業規則の規定に基づいて、休職命令を出します。
冒頭で挙げたケースのように、メンタルヘルス不調の従業員に対して、業務を続けさせることがさらにメンタルヘルス悪化につながるような場面では、従業員からの申し出が無くても、速やかに業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させることも、会社の安全配慮義務です。
こうした義務を怠り、従業員のメンタルヘルス悪化を招いてしまった場合には、会社の安全配慮義務違反として、損害賠償責任を負う可能性があります。
②休職期間中の対応
休職期間中は、本人の体調に配慮しつつ、就業規則の規定に基づき、定期的に診断書等を提出してもらいながら、療養状況を把握します。
医師が従業員への連絡を禁止している場合を除いて、全く従業員と連絡を取らないということは望ましくありません。
③休職満了時の対応
休職期間満了日が近づいてきた段階で、従業員に対して、復職を希望する場合、期限までに、復職願と医師の診断書を提出するよう書面等で通知します。
従業員からの復職願と医師の診断書の提出を受けて、復職可否の検討に入ります。
この点に関係して、厚労省から「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が公表されています。
最近の裁判例でもこの手引きが引用されていて、復職の可否等が争われた場合に、企業がこの手引きに沿った手順を踏んでいるかが問われるようになっています。
そして、診断書等に基づいて、最終的な判断をするわけですが、主治医と産業医の意見が異なることもあります。
この場合、医師の専門性や従業員への関与の程度等を踏まえ、総合的に判断することになりますが、どちらを採用すべきか、非常に難しい判断が求められます。
理想的には、休職前・休職時の段階から、弁護士等の外部専門家に相談することが望ましいです。
④復職後
復職可能と判断して、復職させた場合も、従業員のプライバシー等に配慮しつつ、定期的なフォローが重要です。
なお、メンタルヘルスの不調が再発した場合、原則として、上と同じ流れになりますが、就業規則の規定に基づいて、休職期間を通算する可能性があります。
おわりに
私傷病休職制度は、制度設計が企業に委ねられていることから、就業規則をどのように規定するかで制度の効果に大きな差が生じます。
そして、制度設計(就業規則の規定の整備)をしっかりした上で、適切に運用することが、極めて重要ということになります。
記事作成弁護士:山口龍介
記事更新日:2022年5月2日
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