弁護士・木村哲也
代表弁護士
主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。
はじめに
従業員による会社の従業員や顧客の引き抜きを警戒される企業様もいらっしゃると思います。
実際、このような引き抜き行為をめぐるトラブルは少なからず発生しており、企業としては防止対策を講じておくことが大切です。
今回のコラムでは、従業員による会社の従業員や顧客の引き抜きに対する防止対策としての就業規則・誓約書について、ご説明させていただきます。
【関連コラム】
●従業員による会社の従業員や顧客の引き抜き行為について
就業規則と誓約書
就業規則とは、会社と従業員との間の雇用関係に関するルールをまとめたものです。
誓約書は、従業員の入社時や退職時などに会社に提出させるものであり、従業員の会社に対する誓約事項を記載したものです。
会社の従業員や顧客の引き抜きの禁止を就業規則や入社時・退職時の誓約書で定めておくことは、引き抜き行為をめぐるトラブルの防止に役立ちます。
具体的に就業規則ではどのように定めるのがよいのか?入社時の誓約書・退職時の誓約書はどのような内容にするのがよいのか?については、後述いたします。
引き抜き行為の禁止は、就業規則と誓約書のどちらか片方ではなく、両方で定めておくことをお勧めいたします。
就業規則だけでは、作成手続の不備により裁判所が効力を否定することがありますし、従業員が就業規則の内容を細かく理解していないことも多いため、抑止力の観点からは誓約書を併用するのがベストです。
そして、誓約書の取り付けは、入社時と退職時の両方で行うようにしましょう。
退職時の誓約書は、従業員との関係性や退職に至る経緯によっては、提出を拒否されてしまうこともあり得るからです。
これに対し、就職してこれから働く従業員が入社時の誓約書の提出を拒否することは、まずないでしょう。
そこで、入社時には必ず誓約書を取り付けるとともに、抑止力をより高めるために退職時にも念のため誓約書を取り付けるという取り扱いが推奨されます。
会社の従業員の引き抜きを防止するための就業規則・誓約書
就業規則・誓約書では、会社の従業員(および役員)に対する転職の勧誘や退職の働きかけを禁止することを定めるとよいでしょう。
ただし、従業員には転職の自由が認められており、企業同士には自由競争の原則があることとの関係から、禁止期間を「在職中及び退職後2年間」とするなど、限定するべきであると考えられます。
就業規則の内容
就業規則では、次のような定めを置くとよいでしょう。
【従業員・役員の引き抜き行為禁止の規定例】
従業員は、在職中はもちろん退職後2年間にわたり、会社の従業員又は役員に対して転職を勧誘し、会社からの退職を促すなどの働きかけを行ってはならない。
誓約書の内容
入社時・退職時の誓約書では、上記の就業規則の定めに準じた条項を盛り込むとよいでしょう。
具体的な規定例は、後述する【入社時の誓約書のひな型】【退職時の誓約書のひな型】をご参照ください。
顧客の引き抜きを防止するための就業規則・誓約書
就業規則・誓約書では、競業避止義務、顧客との取引禁止、顧客情報の持ち出し禁止の3つを定めるとよいでしょう。
競業避止義務とは、会社の在職中や退職後に会社と競合する他社に就職したり、会社と競合する事業を営んだりすることを禁止するものです。
退職後の競業避止義務の定めは、退職者の職業選択の自由との抵触関係から、禁止期間の有無・程度、場所的範囲の有無・程度、代償措置の有無・内容などにより、裁判所が無効と判断することも少なくありません。
また、重要な営業上の秘密に接するような地位・職務内容の従業員でなければ、裁判所が退職後に競業避止義務を課すことはできないと判断する可能性があります。
禁止期間とは、上記の会社の従業員の引き抜きと同じく、どの程度の期間、競業避止義務を課されるのか?あるいは期間の限定がないのか?ということです。
場所的範囲とは、競業を禁止するエリアが特定の都道府県等一定の範囲に限定されるのか?限定されるとすれば、どの程度の範囲に限定されるのか?ということです。
代償措置とは、例えば、在職中の高額の給与の支給、在職中の守秘義務手当ての支給、高額の退職金の支給などが挙げられます。
禁止期間が長く、場所的範囲が広く、十分な代償措置がなければ、競業避止義務の定めが無効とされるリスクがあるのです。
そのため、競業避止義務だけではなく、顧客との取引禁止、顧客情報の持ち出し禁止も併用し、顧客の引き抜き行為の防止を図っていくのがよいでしょう。
顧客との取引禁止とは、会社の顧客に対し、会社の商品・サービスに競合する商品・サービスの提供を行うことを禁止するものです。
顧客情報の持ち出し禁止とは、会社の顧客情報を自己または第三者の利益のために使用することを禁止するものです。
顧客との取引禁止は、退職者の職業選択の自由そのものを制約するものではないため、競業避止義務と比較すると裁判所が無効と判断するリスクは下がりますが、退職者に対する制限が強くなり過ぎる場合には、無効とされるおそれがあります。
顧客情報の持ち出し禁止は、重要な営業上の秘密を守るために当然のことであり、一般的に裁判所が無効と判断するリスクは低いと言えるでしょう。
そして、後述するとおり、顧客との取引禁止により従業員が在職中に担当した顧客との取引を禁止し、顧客情報の持ち出し禁止によりそれ以外の顧客との取引を禁止し、これらを合わせて会社の全顧客の引き抜き行為を防止する、という関係にあります。
就業規則の内容
競業避止義務の規定は、裁判所が無効と判断するリスクを回避するため、競業期間を1年以下とし(2年を超える場合には無効とされるリスクが高くなります)、場所的範囲も限定するべきです(場所的範囲が限定されず、全国に及ぶ場合には無効とされるリスクが高くなります)。
【競業避止義務の規定例】
従業員は、在職中はもちろん退職後1年間にわたり、青森県において、会社と競合する他社(その提携先企業を含む)に就職し、役員に就任し、または会社と競合する事業を営むことを禁止する。
顧客との取引禁止の規定は、退職者に対する制限が強くなり過ぎないように注意する必要があります。
顧客との取引禁止の期間を無制限にすると、退職者に対する制限が強過ぎるとして、裁判所が無効と判断するおそれがありますので、退職後2年以内を目安とする禁止期間を設けるようにしましょう。
また、取引禁止の対象を会社の全顧客とすると、禁止の範囲が広すぎるとして、裁判所が無効と判断するおそれがありますので、退職者が在職中に担当したことのある会社の顧客に限定するようにしましょう。
そして、担当顧客以外の顧客については、顧客情報の持ち出し禁止の規定で対応するようにしましょう。
【顧客との取引禁止の規定例】
従業員は、在職中はもちろん退職後2年間にわたり、在職中に担当したことのある会社の顧客に対し、会社の商品・サービスと競合する商品・サービスの提供をしてはならない。
顧客情報の持ち出し禁止の規定は、禁止期間は無制限でも問題ありません。
顧客情報の持ち出しを禁止することは、会社として当然のことであり、退職者の都合を優先すべき理由はないと考えられるからです。
文言としては、単に「顧客情報」とするのではなく、「顧客の住所、氏名、連絡先等一切の情報」とするなど、持ち出しを禁止する顧客情報を具体的に列挙して記載するのがよいでしょう。
【顧客情報の持ち出し禁止の規定例】
従業員は、顧客の住所、氏名、連絡先等一切の情報がすべて会社の秘密情報であることを認識し、在職中はもちろん退職後も、これを自己又は第三者の利益のために使用してはならない。
誓約書の内容
入社時・退職時の誓約書では、上記の就業規則の定めに準じた条項を盛り込むとよいでしょう。
具体的な規定例は、後述する【入社時の誓約書のひな型】【退職時の誓約書のひな型】をご参照ください。
入社時の誓約書・退職時の誓約書のひな型
最後に、従業員による会社の従業員や顧客の引き抜きを防止するための入社時の誓約書・退職時の誓約書のひな型を、以下でご紹介させていただきます。
顧客情報以外の秘密情報の保持等もカバーする「秘密保持・競業避止等に関する誓約書」というタイトルの誓約書となっております。
なお、以下でご紹介させていただくものは、あくまでもサンプルです。
貴社の実情やご要望に合わせた修正が必要となるのが通常ですので、当事務所の弁護士にご相談いただければと存じます。
【入社時の誓約書のひな型】
記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2023年6月13日
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