弁護士・山口龍介
八戸シティ法律事務所 所長

主な取扱い分野は、労務問題(企業側)、契約書、債権回収、損害賠償、ネット誹謗中傷・風評被害対策・削除、クレーム対応、その他企業法務全般です。八戸市・青森市など青森県内全域の企業・法人様からのご相談・ご依頼への対応実績が多数ございます。

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1 はじめに

基本給に加算して支給される手当は、多くの企業で導入されており、その手当の種類も様々なものがあります。

長く経営を続けている企業では、時代の流れとともに、その手当を導入した当時の支給理由が薄れていたり、支給する必要性が失われていたりすることなどから、廃止・見直しをする企業もあります。
特に、配偶者手当については、国が先導して廃止・見直しが推進され、民間企業でも廃止・見直しが進んでいます。

また、近時、同一労働同一賃金のルールに関する法律及び最高裁判所の判断を受け、均等待遇・均衡待遇を検討する過程で、これまで支給してきた手当について、廃止・見直しをする企業が増えています。
さらに、企業の経営状況や方針の見直し、人事・処遇制度全体の見直し(いわゆる年功型・職能型から成果型の給与体系への見直しなど)の中で、手当の廃止・見直しをする企業もあります。

一方、これまで支給してきた手当を廃止・見直しをする場合、就業規則等を変更することになりますが、従業員に不利益となるような変更は、「不利益変更」として原則禁じられています。
したがって、実際に廃止・見直しをする場合には、不利益変更の禁止の点に特に注意して進める必要があります。

そこで、今回のコラムでは、手当を廃止・見直しをする理由・背景から、実際に手当を廃止・見直しをする際に注意すべき不利益変更の禁止の点などについて、詳しく解説いたします。

2 手当の廃止・見直しをする理由

(1)手当の廃止・見直しをする背景として

冒頭で述べたように、企業の経営状況や方針の見直しなどの中で、手当の廃止・見直しをする企業もあります。
厚生労働省の「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」では、次のような背景が挙げられます。

〇経営のグローバル化や外部環境変化に対応するため、能力・成果を反映・重視した処
遇制度、役割給制度への見直し
〇女性の社会進出、従業員のライフスタイルの多様化等を踏まえた処遇の公平性・納得
性のある制度への見直し
〇若手から65歳まで成長・活躍し続けられる制度への見直し
〇仕事と家庭の両立支援や次世代育成支援の観点からの見直し

(2)同一労働同一賃金のルール違反とならないように

企業が手当の廃止・見直しをする理由の一つとして、同一労働同一賃金のルール違反とならないようにするため(均等・均衡待遇を実施するため)、ということが挙げられます。

同一労働同一賃金とは、大企業・中小企業を問わず、同じ価値の労働を提供している従業員には、その雇用形態が正社員か非正規社員(パートタイム・有期雇用の従業員、派遣従業員)かを問わず、不合理な待遇差を設けることを禁止するルールのことを言います。

この同一労働同一賃金のルールは、法律に基づいたものです。
根拠となる法律として、パートタイムや有期雇用の従業員についてのパートタイム・有期雇用労働法は、大企業は令和2年4月1日、中小企業は令和3年4月1日から適用されています。
また、派遣従業員についての労働者派遣法は、派遣元、派遣先の企業の規模に関わりなく令和2年4月1日から適用されています。
したがって、不合理な待遇差が解消されていないと法律違反となります。

同一労働・同一賃金のルール違反に対しては、罰則はありません。
しかし、法律違反であり、従業員から損害賠償請求等を受けるリスクがあります。
この点に関しては、令和2年10月15日に出された最高裁判所の判決があります。
この裁判で争点となった手当の一つが扶養手当であり、正社員のみにしか支給されていませんでした。
そして、最高裁判所は、扶養手当は、扶養家族がいれば雇用形態に関係なく支給されるべきものであるとして、業務内容や責任などの違いだけでこれらの待遇に差をつけるのには合理性がない、と判断しました。
この最高裁判所の判断からは、どのような待遇差であれ、その差に合理性がなければ法律違反とされてしまうリスクがあること、法律違反となれば、不足分の賃金を請求されたり、損害賠償を請求されたりするリスクがあることが導かれます。

したがって、企業は、手当の支給において不合理な待遇差が生じていたら、その手当の廃止・見直しを速やかに実施する必要があります。

(3)残業代計算で不利益を受けないように

また、手当を見直さず、不適切な手当を放置したままにしておくと、従業員から「就業規則に定められているのだから払うべきだ」、「残業代計算の基礎に入れるべきだ」といった請求を受けてしまうおそれがあります。

未払い残業代の計算では、家族手当、住居手当などは「除外賃金」とされ残業代の基礎に算入されません。
しかし、家族手当、住居手当などの名称であっても、実際にはすべての社員に支給されているケースのように、「除外賃金」の実質を備えていない手当だった場合には、残業代の基礎に算入されるのが実務です。
その結果、企業が思っているよりも、未払い残業代が高くなってしまい、不利益を受けるおそれがあります。

3 廃止・見直しを検討すべき手当

(1)時代にあわない手当

時代にあわない手当は、不公平感を生む原因となり、廃止・見直しを検討すべき言えます。
例えば、ライフスタイルや家族の在り方が多様化した現代に、「結婚しているかどうか」、「子供がいるかどうか」「子供が何人いるか」といった家庭内のプライベートな事情を理由として手当を増減することは、従業員間の不公平感を生むことにつがなります。

(2)全員一律に支給されている手当

従業員全員に一律に払われている手当は、もはや支給する理由を失っており、廃止・見直しを検討すべきと言えます。

企業が支給する手当の中には、従業員のモチベーションを維持・向上させたり、従業員に対して一定の行為規範を守らせたりするといった目的の手当もあります。
しかし、そのような目的があっても、全員一律に支給していれば、その目的は意味がなくなってしまっています。
むしろ、全員一律に払われている手当を残しておくと、賃金体系が硬直化し、従業員のモチベーションを維持・向上させることが難しくなってしまうというデメリットがあります。

(3)すでに支給実績・支給理由の無い手当

すでに支給実績・支給理由がない手当も、廃止・見直しを検討すべき手当として挙げられます。
例えば、宿直手当を払っていたが業態変更によって宿直がなくなった場合、一時期だけ給与調整のために特別に支給していた手当、もはや社内に存在しない業務に対して支給することとなっている手当、すでに支給対象者が退職している特別な手当などは、廃止しておくべきでしょう。

4 手当を廃止・見直しするときの手順

次に、ある手当を廃止・見直しする方針が決まった場合、実際に手当の廃止・見直しをする具体的な手順について解説します。
ここでのポイントは、手当の廃止・見直しをすること自体は違法ではありませんので、適切な手順を踏んで、法的リスクを最小限に抑えることです。
そのための手順は、次のとおりに整理できます。

①法律の観点と労務管理の観点の2つの側面から検討する
②従業員に対して、廃止・見直しの理由を提示して説明し、同意を得る
③変更を予告し、緩和措置を実施する
④就業規則を変更する

ここでのポイントは、②の従業員の同意を得ることです。
手当の廃止・見直しが、労働条件の不利益変更にあたるときには、労働者の個別の同意を得るか(労働契約法9条)、就業規則の合理的な変更をするか(労働契約法10条)の2つの方法があります。
後者のとおり、変更に合理性があれば必ずしも従業員の同意は必要ありません。
しかし、実務的には、変更に合理性があると言えそうなときでも、法的リスクを最小限に抑えるためには、必ず従業員に説明し、同意を取得する努力をすることが重要です。
なぜなら、就業規則の変更に合理性があるかどうかは、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」(労働契約法10条)という要素で判断されますが、これらを満たすかどうかについて、事前に間違いなく判断するのがとても難しいからです。

加えて、従業員の同意を得る際には、後日のトラブルを避けるため、次の点に留意することも大切です。
・あとで「同意を強要された」と言われないよう、不当なプレッシャーをかけないこと
・手当の廃止・見直しの明確な理由を提示し、内容をよく説明して、理解を得ること
・誤解のないよう、デメリットを隠さずに伝えること

なお、④の就業規則の変更の際には、労働基準監督署に届出をし、事業所に備え置くことで、あらためて従業員に周知する必要があります。
労働基準法106条及び労働基準法施行規則52条の2では、次のいずれかの方法で周知することが義務とされており、違反すると「30万円以下の罰金」に処せられます。
・事業所の見やすい場所に掲示し、または備え付けること
・書面を労働者に交付すること
・PC等の機器に記録し、労働者がいつでも見られるようにすること

5 手当を廃止・見直しするときの注意点

最後に、手当を廃止・見直しするときの注意点について解説します。
手当の廃止・見直しにおける法的リスクを最小限に抑え、後日のトラブルを避けるためには、先ほど述べた手順①において、法律の観点(手当の廃止・見直しが不利益変更となるかどうか、不利益変更の合理性があるかどうか、同一労働同一賃金違反とならないかどうか)と、労務管理の観点(従業員の納得感が得られるか、従業員のモチベーションを下げてしまわないかなど)の、2つの側面からの入念な検討が必須であると言えます。

(1)法律の観点:合理性のない不利益変更ではないか

これまで述べてきたとおり、労働条件の不利益変更をするためには、変更に合理性があると言えることが必要とされています。
そのため、手当の廃止・見直しをしたいときは、法律の観点からの検討の一つとして、まずその廃止・見直しが従業員にとって不利益かどうかを考え、不利益があるときは次に、その変更に合理的な理由があるかを検討する必要があります。
従業員にとって不利益の大きい変更ほど、合理性がなければ、その変更自体が無効と判断されてしまいます。
そして、手当の廃止・見直しが無効と判断されると、労働審判や訴訟で、廃止・見直ししたはずの手当を請求されたり、廃止・見直しした手当を残業代の基礎として計算し、より高額の残業代を請求されたりするおそれがあります。

変更の合理性は、労働契約法10条の規定に従い、次の4つの要素を総合的に考慮して判断されます。
そして、不利益変更となるときでも、以下の事情により変更の合理性が認められるならば、その手当の廃止・見直しは有効となります。
ただし、実務的には、どこまで配慮しても裁判で無効と判断されるリスク自体は残るため、先に述べたとおり、できる限り個別の同意を得ることが重要です。

①従業員が受ける不利益の程度
従業員の受ける不利益の程度が小さいほど、変更の合理性は認められやすいです。
この点で、代替措置、経過措置などをあわせて採用し、従業員の不利益を軽減することが有効です。
②変更の必要性
変更の必要性が大きいほど、変更の合理性が認められやすくなります。
手当の廃止・見直しをしなければ企業の経営が成り立たないなど、業務上の必要性が大きい場合がこれにあたります。
③変更内容の合理性
変更後の内容が合理的であるほど、変更の合理性が認められやすくなります。
業種・業界や企業規模など、他社の状況や時代の変化にあわせて、その変更内容が合理的かどうかを判断します。
④従業員との事前交渉の有無・内容
従業員に事前にしっかりと説明し、納得感を得ておく(証拠として個別の書面による同意を得ておく)ことが、変更の合理性を認めてもらいやすい事情となります。

(2)法律の観点:同一労働同一賃金のルール違反になっていないか

法律の観点からの検討のもう一つとして、同一労働同一賃金のルール違反となっていないかを検討する必要があります。
この場合の判断基準として、「均衡待遇」と「均等待遇」があります。

〇均等待遇:非正規社員が、一定の条件を満たしたとき(正社員と職務内容や職務内容・配置の変更範囲が同じとき)に差別的な扱いをすることを禁止(パートタイム・有期雇用労働法9条)。
〇均衡待遇:一定の内容(職務内容や職務内容・配置の変更範囲、成果、能力、経験値など)を考慮して、正社員との不合理な待遇差を禁止(パートタイム・有期雇用労働法8条)。

これらの非正規社員保護のための同一労働同一賃金のルールがあることから、手当を廃止・見直しするときにも、正社員と非正規社員との間で、平等を欠くような状況がないかをチェックしなければなりません。
そのチェックの大枠としては、「ある従業員には手当が払われず、ある従業員には払われている」というとき、その違いが、手当の目的と照らして妥当なものでなければ、同一労働同一賃金のルール違反のおそれがあると言えます。

また、正社員との待遇差の内容や理由などについて、企業には、非正規社員に対する説明義務が課せられていることにも注意が必要です(パートタイム・有期雇用労働法14条、労働者派遣法31条の2)。

(3)労務管理の観点:従業員の納得感が得られるか、従業員のモチベーションを下げてしまわないか

労務管理の観点からは、手当の廃止・見直しによって、従業員のモチベーションの低下、業務効率の低下に注意する必要があります。
減額の方向で手当の廃止・見直しがされた場合には、従業員にデメリットがあるのは明らかです。
この点で、不利益を軽減し、従業員からの反発やモチベーション低下を防ぐために、次のような対応をすることが考えられます。
・手当を見直すことによる不利益を軽減する緩和措置をとる
・減らした手当の金額分だけ、基本給を増額する
・減らした手当を原資として、成果に応じて上がる給与体系を導入する
・すぐに減額するのではなく、何年かに分けて徐々に減額するといった「経過措置」を採用する

6 弁護士にご相談ください

今回は、手当を廃止・見直しをする理由・背景から、実際に手当を廃止・見直しをする際に注意すべき不利益変更の禁止の点などについて解説しました。

同一労働同一賃金のルールにおいては、正社員と非正規社員との格差を是正するというのが、最高裁判所の判断です。
そのため、長く続く会社ほど、不適切な手当、無意味な手当を放置しておくことに大きなリスクとなりますので、早急に対応する必要があります。

そして、手当てを廃止・見直しをするときには、法律の観点と労務管理の観点の2つの側面から入念に検討することが必須となります。
そのため、手当ての廃止・見直しをご検討中の際には、法律の専門家であり、かつ、様々な企業の人事・処遇制度や労務管理にも精通している弁護士に相談されることをお勧めいたします。

記事作成弁護士:山口龍介
記事更新日:2024年8月20日

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