弁護士・木村哲也
代表弁護士

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1 はじめに

「従業員が社用車で自損事故を起こしたので、その従業員に対し修理費を請求したい」というご相談をいただくことがあります。

今回のコラムでは、社用車で自損事故を起こした従業員に対する損害賠償請求の可否および請求可能な範囲や注意点について、ご説明させていただきます。

2 従業員に対する損害賠償請求の可否

(1)従業員の損害賠償責任の可否と法的根拠

まずは、従業員が社用車で自損事故を起こした場合、その従業員に対する修理費の賠償請求は可能なのか?という点について、ご説明いたします。

この点、会社と従業員との労使関係は、労働契約(雇用契約)という契約関係にあります。
労働契約とは、従業員が会社に使用されて労働し、会社がこれに対して賃金を支払うことを内容とする契約です。
このような労働契約により、従業員は、会社の指揮命令のもとに労務を提供する義務を負っています。

そして、従業員が職務を遂行するにあたり必要な注意を怠り、会社に損害を与えた場合には、労働契約上の債務不履行による損害賠償責任を負います(民法415条)。
また、この場合、従業員が故意または過失により会社の権利・利益を侵害したと言えることから、不法行為による損害賠償責任を負うという構成も可能性です(民法709条)。

以上から、従業員が不注意により社用車で自損事故を起こしたのであれば、会社はその従業員に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償請求をすることが可能ということになります。

(2)従業員の損害賠償責任の制限

次に、社用車で自損事故を起こした従業員に対する損害賠償請求が可能であるとして、修理費の全額を賠償請求することができるのか?という問題があります。

この点、労使関係の特殊性に鑑み、従業員の損害賠償責任には制限がかけられるのが原則であると考えられています。
これは、従業員を使用して利益を得る会社としては、従業員がその事業活動で生じさせた損失も甘受すべきであるとする「報償責任の法理」に基づく原則です。

この問題に関し、最高裁判所昭和51年7月8日判決は、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」と判示しています。

したがって、会社としては、従業員がわざと物を壊した、あるいは会社の金品を窃盗・横領したなどの故意による加害行為を除いて、従業員の不注意により生じた損害について、その全額を賠償請求することは困難なケースが多いと理解しておく必要があるでしょう。

なお、上記の最高裁判所判決の事例では、従業員がタンクローリーを運転して道路を走行中、車間距離不保持および前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突するという事故が発生しました。
判決では、①会社が業務用車両を多数保有していたが、経費節減のため、対人賠償責任保険にのみ加入し、対物賠償責任保険および車両保険には加入していなかったこと、②従業員が主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するに過ぎなかったこと、③従業員の勤務成績は普通以上であったことなどを考慮し、従業員の損害賠償責任の範囲は損害額の4分の1を限度とすべきである、と判断されました。
このような理論は、第三者に対する加害事故の場合だけでなく、社用車での自損事故により会社が損害を被った場合にも通用する考え方です。

(3)事故を繰り返す従業員に対する損害賠償請求

一方で、社用車で自損事故を起こした従業員に対し、修理費の全額を賠償請求することが可能な例も存在します。

前述の最高裁判所判決によれば、会社は、従業員に対し、「諸般の事情」に照らし相当と認められる限度で損害賠償を請求することができます。
そして、例えば「事故を繰り返す」という問題社員の場合には、そのような問題性を「諸般の事情」の一つとして考慮したうえで、認容される損害賠償責任の範囲が判断されることとなります。

この点、大阪地方裁判所平成23年1月28日では、過去に合計13回の交通事故を起こした従業員がさらに交通事故を起こした事案について、「損害の公平な分担という見地からすると、従業員であった原告が、業務遂行中の行為によって被告の被った全損害について賠償責任を負うと解するのは相当とはいえない場合もあると解されるところ、(中略)本件事故までの間に原告は頻繁に交通事故を発生させて被告に損害を被らせていると認められ、これまでに被告が被った損害の内容及び程度、本件請求は、被告が被った損害の一部であると認められること(中略)、原告は、本件事故の損害について、被告に対し本件誓約書を提出していること等の事情を総合的に勘案すると、本件事故に係る損害の全部を原告に負担させることは損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる範囲内にあると解するのが相当である」(原告=従業員、被告=会社、本件請求=被告の原告に対する今回の事故による損害賠償等の請求、本件誓約書=今回の事故で被告および相手方が被った損害をすべて原告が支払う旨の誓約書です。本件では、従業員が先に会社に対して退職金等の支払を求める訴訟を提起し、その後会社が従業員に対して損害賠償等を請求する訴訟を提起しました)と判断されています。

このような裁判例からすれば、従業員が不注意により起こした事故であっても、従業員が注意力散漫であり規範意識が低く、会社としても注意・指導など事故防止のための措置を尽くしていたような事案では、事故による損害の全部あるいは大部分を従業員に負担させることも肯定されると考えられます。

3 車両保険を使用した場合の損害賠償請求の可否

従業員が社用車で人身事故を起こした場合、実際には車両保険を使用し保険会社から損害の填補を受けることが多いでしょう。

しかし、車両保険を使用した場合、会社は保険等級が下がり保険料が増額されてしまうという損失を受けることとなります。
また、例えば修理費が100万円かかるのに対し、車両時価額が70万円しかなく、全損であるために保険金が70万円しか下りなかったものの、それでも修理をした結果会社に30万円の損失が生じるという例があります。
さらに、修理した社用車に評価損(格落ち損)が残り、社用車の売却価格・下取り価格が下落してしまうこともあるでしょう。

このように、車両保険を使用した結果会社が受けた損失について、自損事故を起こした従業員に対する損害賠償請求は可能なのでしょうか?

この点、保険料が増額となることは、事故発生そのものによる損失ではなく、車両保険を使用した結果の事象であることから、増額分を従業員に負担させることは困難であると考えられます。
全損の場合の時価額補償と実際の修理費との差額についても、法律上は時価額の填補を受けた時点で会社の損害は全額回復したものとみなされることから、従業員に差額を負担させることは会社の焼け太りを意味するため、請求は認められないと考えられます。

一方で、車両保険により社用車を修理はしたものの、評価損(格落ち損)が発生したという場合には、事故による損害の一部が会社に残ったことを意味しますので、従業員に対する損害賠償請求が認められる可能性があります。
ただし、評価損(格落ち損)の賠償請求が認められるためには、車両の骨格部分に損傷が及んでいることに加え、ある程度新しい車両でなければ評価損(格落ち損)の賠償は認められないというのが実務上の運用です。
そして、前述のとおり、従業員の損害賠償責任には制限がかけられるのが通常であるため、少額の請求のために手間暇をかけるのは得策ではないと言えるケースが多数であると考えられます。

4 従業員に対する損害賠償請求が招くリスク

以上のとおり、社用車で自損事故を起こした従業員に対する損害賠償請求では、従業員の損害賠償責任が制限されるのが通常であることに注意が必要です。
また、車両保険を使用した場合に発生する損失の負担を従業員に求めることは、困難あるいは現実的ではないことも多いと考えられますので、慎重にご検討いただく必要があると存じます。

そして、従業員の立場からすれば、前述した「報償責任の法理」を前提に「不注意による事故の賠償責任まで負わされるのは、納得ができない。会社としては、しかるべき保険に加入することにより、不注意による損害のリスクに備えておくべきではないか?」と考えるのが自然な感情であるように思われます。
故意あるいはそれに近いような重大な過失による事故であれば別段、通常の不注意による事故についてまで従業員に金銭的負担を求めれば、その従業員との関係が著しく悪化し、マネジメントにおける問題を引き起こすこともあり得ます。
このような観点からも、従業員に対する損害賠償請求を本当に行うかどうかについては、慎重にご判断されることをお勧めいたします。

実際には、従業員に金銭的な負担を直接求めるよりも、自損事故を発生させて会社に損害を負わせたことを、賞与や昇給の査定などの人事評価に反映させる方が穏当な解決となるケースも少なくないでしょう。
もっとも、この場合でも、例えば賞与を全額カットして実質的に従業員に会社の損害のすべてを負担させたのと同じ結果を来すような対応は、前述した損害賠償責任の範囲の制限との関係から、避けるべきであると言えます。
自社の人事評価基準に照らし、バランスのある対応をとることが大切です。

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記事作成弁護士:木村哲也
記事更新日:2024年10月17日

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