はじめに

企業・法人の運営において、従業員が売上金や物品を窃盗・横領する不祥事が発生することがあります。
企業・法人としては、窃盗・横領を行った従業員を解雇・懲戒処分とし、窃盗・横領した売上金や物品の弁償をさせるとともに、刑事告訴を行うかどうかを検討することとなるでしょう。
これらの対応にあたっては、事実関係の調査・証拠の保全を事前に行うことが重要です。
従業員が窃盗・横領の事実を否認してきたときに、事実関係を裏付ける証拠がなければ、まったく太刀打ちできなくなる危険があるため、注意が必要です。
また、従業員による窃盗・横領の問題を発生・再発させないための事前対策・再発防止策を講じていかなければなりません。

事実関係の調査・証拠の保全

従業員による窃盗・横領が疑われる場合に、事前準備なくいきなり従業員に事情聴取することはお勧めできません。
従業員が窃盗・横領の事実を否認してきたときに、それ以上の追及が困難になり、証拠隠滅を図られるなどの事態が考えられるからです。
そこで、まずは、事実関係の調査・証拠の保全を行うべきです。

例えば、顧客から集金した売上金の横領の事案では、顧客に対しては、実際に受け取った額面を記載した領収証を手渡す一方で、会社に対しては、それよりも低い金額の売上金を受け取ったものとして、偽の領収証控えをねつ造したうえで会社の口座に入金し、差額を着服する手法などは典型的です。
このような事案では、顧客に手渡した領収証の控えと、会社にある偽の領収証控えとを突き合わせることで、横領額を特定することができます。

その他、事案に応じて、様々な裏付け証拠が考えられます。
窃盗・横領の事実をリークしてきた人がいるのであれば、その人の証言が一つの有力な証拠となり得ますが、証言の内容を録音し、書面を作成してサインを取り付けるなどの形がよいでしょう。
そして、ある程度の証拠固めをしたうえで、窃盗・横領をした従業員からの事情聴取を行うことになります。
従業員が窃盗・横領の事実を自白すれば、かなり有力な証拠となり得るのですが、一旦は事実関係を認めたとしても、後々否認してくることも想定されますので、事情聴取の状況を録音し、その日のうちに始末書を書かせるなどの対応が必要です。

解雇・懲戒処分

従業員による窃盗・横領は、非常に背信性が高い行為であるため、懲戒解雇などの厳しい処分をもって臨むのが通常でしょう。
この点、解雇にあたって、不当解雇の問題を警戒されるかもしれませんが、裁判例では、窃盗・横領の事案では、解雇を相当と認めることが多いです。
したがって、相当額の窃盗・横領が発生しているのであれば、懲戒解雇や退職金不支給に踏み切っても、大きな問題とはならないでしょう。
ただし、このことは、あくまでも、窃盗・横領の事実が存在することが前提です。
従業員が窃盗・横領の事実を否認し、証拠によって事実関係を裏付けられない場合には、不当解雇となってしまいますので、事実関係の調査・証拠の保全は極めて重要です。

なお、窃盗・横領を行った従業員を解雇とするのではなく、自主退職してもらうという選択肢もあり得るところです。
企業・法人としては、窃盗・横領によって受けた被害の弁償を希望することと思いますが、窃盗・横領を行った従業員に弁償のための資力がないことも少なくありません。
解雇を選択することで窃盗・横領を行った従業員の再就職を困難とさせ、再就職先で収入を得る中から分割弁償させる場合の弊害になることも考えられます。
また、中小企業退職金共済(中退共)を導入している企業・法人も多いですが、懲戒解雇を選択すると退職金の額が減額されるため、自主退職の形で退職金を満額受領させ、その全額を被害の弁償にあてさせることなどが考えられます。

被害弁償の請求

窃盗・横領による被害を受けた企業・法人としては、窃盗・横領を行った従業員に対し、被害の弁償を請求していくことが必要となります。もっとも、窃盗・横領を行った従業員に弁償のための資力がないことが多々あります。
そのような場合には、窃盗・横領を行った従業員との間で、分割払いによる弁償の合意をすることとなるでしょう。
弁償に関する合意に至った場合には、合意内容に後々疑義が生じないように、示談書を取り交わすようにしましょう。
また、前述のように、中小企業退職金共済(中退共)の退職金を、被害の弁償にあてさせることも考えられます。

また、企業・法人が従業員の採用時に身元保証人を立てさせていることも多くあります。
窃盗・横領を行った従業員に弁償のための資力がない場合には、身元保証人に対して弁償を請求していくことが考えられます。
もっとも、身元保証人の責任については、身元保証法により、保証の期間が5年までとされ(自動更新は認められず、延長する場合には新たに身元保証契約を再締結することが必要)、責任の範囲も、①会社側の過失、②保証するに至った経緯、③その他一切の事情を考慮して、全額の賠償が認められないこともあります。

刑事告訴

従業員が売上金や物品を窃盗・横領した場合には、窃盗罪(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)、横領罪(5年以下の懲役)または業務上横領罪(10年以下の懲役)という犯罪が成立することとなります。
窃盗・横領による被害を受けた企業・法人としては、警察署に刑事告訴を行うことで、窃盗・横領を行った従業員の処罰を求めることが考えられます。
警察署に犯罪事実を申告する方法としては、刑事告訴のほかに被害届がありますが、被害届は単に犯罪被害の事実を申告するものであるのに対し、刑事告訴は加害者の処罰を求める意思表示を含むという違いがあります。
刑事告訴は、事実関係などを記載した告訴状を作成し、証拠資料を添えて提出する形で行うのが通常です。

刑事告訴を行う場合には、社内外の関係者が警察・検察からの事情聴取を受けるとか、現場の実況見分に立ち会うなど、捜査協力の負担が発生することを念頭に置かなければなりません。
また、窃盗・横領を行った従業員を処罰するか、処罰せずに不起訴で終わらせるか、処罰するとして罰金で終わらせるか、正式に起訴して刑事裁判にかけるかなどは、基本的には検察官の判断となります(判断要素としては、被害金額の多寡、被害弁償の有無、加害者の前科・前歴の有無など、様々な事情が考慮されます)。
企業・法人としては、被害の弁償がきちんと履行されるのであれば、刑事告訴まではしないという判断もあり得るでしょう。
そのような場合には、被害の弁償に係る示談書の中に、弁償の履行が遅滞した場合には、刑事告訴を行う旨の条項を置くことで、窃盗・横領を行った従業員に弁償の履行を促す効果が期待できるでしょう。
一方で、被害の弁償を受けることよりも、刑事告訴を行って窃盗・横領を行った従業員を処罰してもらうことを優先するという判断もあり得るでしょう。

事前対策・再発防止策

従業員による窃盗・横領の問題が発生しないように事前対策を講じておくことや、問題が発生したあとの再発防止策を講じることも、非常に重要です。
例えば、経理担当者による金銭の横領を阻止するためには、①担当者が出金伝票を作成し、上司の承認印を受けたうえで、経理担当者が預金の払戻と支払を行うものとすること、②預金通帳の管理者と銀行印の管理者を分けて、経理担当者が一人で預金を払い戻せないものとすること、③小口現金の管理担当者においても、出金伝票がなければ支払ができないものとし、小口現金の管理担当者とは別の従業員が、帳簿残高と出金伝票・現金額の一致を毎日確認するものとすること、④通帳の入出金履歴を経理担当者とは別の従業員が定期的に確認するものとすること、⑤多店舗展開の小売店舗の売上金については、預金口座に当日入金し、入金担当者とは別の従業員が毎日の売上報告を担当し、本部の経理担当者が入金額と売上報告額との一致を定期的に確認するものとすることなどが考えられます。

また、従業員が窃盗・横領を行った場合などに備えて、従業員の採用時に身元保証人を立てさせることも事前対策として有効です。

弁護士にご相談ください

以上のように、従業員による窃盗・横領の問題には、様々な注意点や検討・対応事項があります。
従業員による窃盗・横領についてお困りの企業・法人様がいらっしゃいましたら、まずは法律の専門家である弁護士にご相談いただくのがよいでしょう。

当事務所の弁護士は、これまでに、従業員による窃盗・横領の問題について、事実関係の調査・証拠の保全から、解雇・懲戒処分、被害弁償の請求、刑事告訴、事前対策・再発防止策まで、多くの事案を取り扱って参りました。
ぜひ一度、当事務所にご相談いただければと存じます。

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